東日本大震災
3月11日は東日本大震災が発生して10年目となり、連日マスコミにおいては特別番組や報道番組で大震災を忘れないように伝えています。
実は今年は長良川洪水から45年を迎えます。
45年前の9月11日に決壊する前、1週間程の長雨で連日大量の雨が降り続け、町中が水浸しになりました。
ちょうど大垣市消防団西分団に入団直後で、現在の馬場町にあるカレー屋北側に、当時消防車庫があり、その詰所に召集がかかり、約5日間消防団の車庫で過ごしました。
毎日雨が降り続く中、団員はダンプカーに乗せられて杭瀬川の堤防に出動し、杭を打つのですが普段なら槌を打ってもなかなか入っていかない太い杭が手で簡単に入るほど、堤防はずぶずぶになっていました。
あんな大きな堤防が切れるというのが信じられないことですが、水の勢いだけでなく堤防に水がしみ込んで、ずるっと動くほどになる事がわかりました。
その日、長良川・揖斐川を始め、どこで切れてもおかしくない状況になっていました。
庄川も同様で、なんと御母衣ダムが決壊するかもしれないというところまで、いっていたことを後で聞きました。
決壊後がまた大変で、それから一週間毎日安八町に応援に出動しました。
各家からダンプカー2台分位のゴミが出ましたが本当に気の毒に思いました。
その時ほど、消防団の必要性を感じた時はありません。
現在大垣市防火防災協力会の会長をさせて頂いていますが、あれから45年、災害は忘れた頃にやってくると言われます。気を付けたいと思います。
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